心に穴が空いた。
この小説をあらわすのにピッタリな言葉だと思う。
本作は3つの連作短編から成り立っており、主人公の遠野貴樹が女性との交流・別れを通して前に進んでいく。第1話は小学校で出会い、中学で離れ離れになった篠原明里。第2話は転校先の中高の同級生・澄田花苗。第3話は社会人になり取引先の後輩・水野理沙。
主にこの1人の男性と3人の女性が登場人物になる。
心に穴が空いた
まず、この小説を恋愛小説だと思って読むと「心に穴が空いた」ような感覚を受ける。かくいう私は恋愛小説であると思いながら読んでいたが、結末に空虚な気持ちに襲われた。
近年(とは言ってもここ10年くらい?)ではライトノベルが市場を広げていて、最終ハッピーエンドのような小説が多かったように思う。実際、私が中学高校時代に話題になった本はハッピーエンドが多かった。最終的には結ばれる。このような展開にもそろそろ飽きてきたころだ。TikTokで話題になる小説も似たような展開が多い。
しかし、流石は新海誠。空虚感を読者に与える小説に仕上げてきた。
本作のストーリー
それぞれの話では恋愛がテーマになっている。第1話では小学生時代の恋愛が語られる。同じ中学に進学しようと2人で勉強して、なんとか2人とも合格をつかむことができた。しかし、それもつかの間。明里が親の転勤の影響で電車で片道3時間の土地に引っ越してしまう。さらに中学も離れることになってしまった。1年後に貴樹が明里に会いに行って幕は閉じるのだが、ここではお互いに思いを打ち明けることができなかった。
第2話では、貴樹が遠く離れた島の学校へ転校してからのお話。サーフィンを頑張る花苗が貴樹に片思いしている様子が描かれている。貴樹はどこか遠くを見ていたという記述からこの時点でも第1話の明里に思いをはせている様子が描かれている。結局、恋は実らず、離れ離れになってしまった。
第3話では、貴樹の大学~社会人時代が描かれる。社会人になり取引先の後輩・理沙と付き合うことになり、貴樹自身も会社で成果を上げていた。一見順調に見える貴樹はある日、理沙との別れや辞職をするなど、どんどん無気力になっていった。この無気力が第3話で主題になっている。無気力生活を過ごすうちに小中学生時代に好きだった明里のことを思い出すようになる。明里も貴樹との手紙を掘り起こし、貴樹のことを考えるようになる。ラストのシーンは貴樹が道を歩いていると踏切ですれ違った女性のことが気になり、振り向くと女性も振り向いた。その瞬間に電車が二人を遮る。
この電車が通り過ぎたら前に進もうと、彼は心に決めた。(p184)
という一文で物語が終わる。
これは「無気力状態から前に歩みだす」物語
上にも載せた最後の文からわかるのは、明里らしい女性とすれ違い、振り向き合っても「前を向こう」とする貴樹からは恋愛の後悔はすでに消え去ったとみていいだろう。第3話で主に無気力に押しつぶされる貴樹が描かれていた。この無気力が恋愛によるものかはわからないが、仮に恋愛起点だったとしても明里との後悔に終止符を打ち、前を向くことができた。儚い恋愛からの惜別と明るい未来への期待が最後に描かれたときに恋愛小説として読んでいた私は空虚を感じたが、それと同時に美しい人間像に感動した。この物語はどん底の状態から前に歩みだす物語だなと感じた。